2025/02/16

潮風が頬を撫でる。青く広がる海の向こうに、夕陽がゆっくりと沈んでいく。
「綺麗だね」
隣に立つ彼の声が、波の音に溶けるように響いた。
「うん……」
私はそっと微笑みながら、彼の横顔を盗み見る。海を見つめる瞳は深く、どこか遠い記憶をたどっているようだった。
この海辺の町で出会ったのは、偶然だった。旅行で訪れた小さな港町。迷い込んだカフェで、彼は店の奥で静かに本を読んでいた。
「海が好きなの?」
初めて交わした言葉は、それだった。
「うん。海は、過去も未来も飲み込んでくれるから」
その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。でも、彼と過ごす時間が増えるにつれ、少しずつ分かるようになった。
彼は、かつてこの町で大切な人を失ったのだ。
「海は、全部を包み込んでくれる。でも、時々はこうして話しかけてくれる気がするんだ」
彼は波打ち際に立ち、そっと手を伸ばした。
「ねえ、君はどう思う?」
私は彼の手を握りしめた。
「海は、あなたの想いをちゃんと覚えてるよ」
彼は驚いたように私を見つめ、それから静かに微笑んだ。
「そうだといいな」
波が足元を濡らし、潮の香りが二人を包み込む。
この海が、彼の過去を抱きしめるように。
そして、私たちの未来を優しく導いてくれるように。