2025/02/16

町の片隅に、ひっそりと佇むカフェがある。看板には「時の止まる場所」と書かれていた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、店主の老人が微笑んだ。
「ここ、ちょっと変わったカフェなんですよ」
そう言われて店内を見渡すと、壁一面に時計が並んでいた。大きな振り子時計、アンティークの懐中時計、デジタル時計まで、ありとあらゆる時計がある。
「この時計、全部動いてないんですね」
私は不思議に思いながら尋ねた。
「ええ、このカフェでは時間が止まるんです」
老人はそう言って、コーヒーを淹れ始めた。
「時間が止まる?」
「そう。ここで過ごす間、外の世界の時間は進まないんですよ」
そんなバカな。私は笑いながら時計を見た。しかし、どの時計も針が動いていない。
「試してみますか?」
老人が差し出したのは、砂時計だった。
「この砂時計をひっくり返しても、砂は落ちませんよ」
私は半信半疑で砂時計をひっくり返した。
――本当に、砂は落ちない。
「……どういうこと?」
「ここでは、過去も未来も関係ないんです。今この瞬間だけが存在する」
私は驚きながら、コーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、ここにいればずっと歳を取らない?」
「そういうことになりますね。でも、外に出た瞬間、時間は元通りに流れます」
私は考えた。もしここにずっといれば、大切な人が歳を取っても、自分だけは変わらない。でも、それは幸せなのだろうか?
「……面白いけど、私は外の時間と一緒に生きたいな」
老人は微笑んだ。
「それが正しい選択ですよ。時間は止めるものではなく、進めるものですから」
私はカフェを出た。
外の世界は、いつも通り時間が流れていた。
でも、あのカフェのことを思い出すたび、私は少しだけ時間の不思議を感じるのだった。