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【粉と恋の香り】短編小説

time 2025/03/08

『粉と恋の香り』

小さな町の角にあるパン屋「麦の詩」。そこは朝になると焼きたてのパンの香りが漂い、近所の人々がふらりと立ち寄る場所だ。店主の美咲は26歳。ショートカットにエプロン姿が似合う、笑顔が自慢の女性だ。

ある雨の朝、店に一人の男が飛び込んできた。スーツが濡れて肩を落とし、眼鏡のレンズに水滴がついている。「すみません、傘忘れてしまって…ここで雨宿りしてもいいですか?」美咲は笑って頷き、「ついでに何か食べてってください」と焼きたてのクロワッサンを勧めた。男は礼を言って席に座り、クロワッサンを一口食べると目を丸くした。「これ、めっちゃ美味しい…!」「ありがとう。うちの自慢だから」美咲は照れながらトレイを片付けた。

それから彼――名前は悠斗――は毎朝店に通うようになった。会社に行く前に立ち寄って、カフェオレとパンを注文する。美咲は最初はただの常連客だと思っていたけど、悠斗の「今日のパンも最高だよ」という笑顔に、少しずつ心が揺れ始めた。

ある日、悠斗がいつもの時間に来なかった。美咲は気になって仕方なかった。翌日も、その次の日も姿を見せない。不安が募る中、1週間後に悠斗が現れた。やつれた顔で、手には小さな紙袋。「ごめん、急に出張が入ってさ。連絡先知らなくて…」美咲はホッとして、「いいよ、来てくれて嬉しい」と笑った。悠斗は紙袋を差し出した。「これ、出張先で見つけた小麦粉。美咲のパンに合うかなって」その気遣いに、美咲の胸が温かくなった。

それから二人は少しずつ距離を縮めた。閉店後に一緒にパンの試作をしたり、店先で他愛もない話をしたり。ある夕方、勇気を出した美咲が言った。「悠斗さんが来ると、朝が楽しみになるよ」悠斗は少し驚いて、それから柔らかく微笑んだ。「俺もさ、美咲のパン以上に、美咲に会うのが楽しみだった」

店のカウンター越しに、二人の手がそっと触れ合った。オーブンから漂うパンの香りと共に、静かな恋が芽生えた。

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